2022年12月10日
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Mishima

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第134回 「東洋のスイス」って

グランマのひとりごと

~グランマのひとりごと~

 許 澄子

 「ねぇ、シアヌーク殿下って知ってる?」答えは「知らない」。最近、何となく若い友人達に同じ質問をすると決まって「知らない」。
 そして、グランマの長い話が始まる。彼ってね「カンボジアの国王だった人」なの。『ノロドㇺ・シアヌーク殿下』っていうの。

 私が十代のある時、日経新聞の最終ページに外務省の人がシアヌーク殿下の事を書いた記事が掲載されてね。殿下が自分の国を「東洋のスイス」にすると言ったのよ。私の憧れの国「スイス」。東洋にも平和な「スイス」ができるのだぁ。感動した10代の私はその掲載記事の感想を、どんなに希望と夢を持たせてくれたニュースだったかと書いて新聞社宛に送ったのだ。
 そして、気が付くと新聞社は、その子供の手紙を外務省の記事を書いた人に伝えた。外務省の人は、それをまた、カンボジア大使館に伝えた。そして、皆が喜んでくれたのだ。当時の私はまだ「夢いっぱいの子供」であったかもしれない。それから、数ケ月後、カンボジア大使館からパーティの招待状が送られてきた。生まれて初めてのパーティだ。母に振袖を着せてもらい、一人で電車に乗って、確か青山に近い大使館へ行った。そこでダンスもやったし、食事も出た。知らないおじさんとダンスをした。幸い、母がダンス好きで、彼女についてダンススタジオで私は社交ダンスを母と一緒に習っていたのが役立った。

 そうして、大使館関係の人達や、その来客たちと友達になれたのだ。やがて10代だったグランマも大学に行き、それらの人達から、アルバイト仕事をもらったり、楽しい時を過ごしていた。ある時、カンボジア大使館からカンボジアでホームステイ体験招待状をもらった。中央大学の女子学生と私の2人が行けるが滞在費は大使館側と受け入れ家族が持ってくれるが、飛行機代は自費だという。まだ自由渡航のできない時代だった。母に相談すると「飛行機代は出すよ」「頑張って行っておいで」と言ってくれた。もう正確な数字は記憶にないが、当時で数十万円したと思う。自分が大学を卒業する時、研究室に残ると給料は月9000円、当時、男子大卒の給料は14000円くらい。よく母に「お金があったなぁ」と思う。外国へ行くのは難しい時代だった。自由渡航になったのは1964年くらいだったと思う。出発の時、羽田空港の出発口には赤いカーペットが敷かれて、送迎の人も盛装している人が多かった。カンボジアの首都プノンペンへの直行便はなかったから、まずシンガポールへ行き、マレーシア経由でプノンペンへ行った。

 プノンペンの空港には最初のホームステイ先のペントール夫妻が迎えに来てくれた。奥さんは日本人だ。そして、家に到着すると間もなく、日本大使館から車が来て綺麗なカードを渡された。読むと「歓迎します。この車で大使館へお越し越し下さい。美味しいおはぎが待っています」と言うことでした。
 早速、その車で大使館へ行くと大使(かもしれない)誰か分かりませんが、優しく迎えて下さり、色々な滞在注意事項とカンボジアの歴史等おはぎを食べながら貴重な話をしてくださいました。
 彼は「この国は貧しい国です。ホームステイ先ではお醤油の一滴、トイレの紙一枚無駄に使わないように、そして、お礼状を忘れないように必ず出してください」と言われました。あれから、約60数年、未だに忘れられない優しい大使の言葉です。そして、中央大学の学生さんと私は、プノンペンに滞在し、国内便でシムリップへも行き、アンコールワットの石段で昼寝もしました。観光客等いません。フランス人の考古学者達が、アンコールワットの所々で研究作業をやっていました。

 アンコールワットのあるシムリップは大使館がホテルの予約をしてくれた。しかし、小さなホテルで壁にそって置かれたWベッドが斜め坂になっていて、それに2人で寝る。それは疲れるのです。結局、数日後、自分達でタイの国境近く「バッタンバン」へ行くことにした。日本へオレンジ産業視察に来たカンボジア人グループの案内をアルバイトでやったことがあり、その人達に会えればうれしいと思ったのだ。 

 シムリップからバッタンバンへは早朝起床し、バス停へ行くとその周りに子供がフランス風の長ーいバゲットを売り歩いていた。ここがフランスの植民地であったことを思い出さされた。私達は細長いバゲットを買った。バスのドアは横に並んだ座席列ごとで6-7ケ所位あった。私達を運転手の彼の隣席に座らせてくれた。そして、長いバスの旅が始まった。窓から見る農地には、水牛や象が農耕をしていた。窓にかけた右手が真っ黒に日焼けしてひりひりした。

 そして、夕方、「バッタンバン」に到着。バスを降りると周りに何ーもない。
 インフォメーションも看板もない。だーれもいない。2人で途方にくれてスーツケースを引きずって到着した建物の外側を歩き始めた。すると何処からか声がする。『スミ―コ』『スミ―コ』、道路の先方を見ると自転車が走ってくる。
 どうやらそこから聞こえるような気がする。
 そして、声は確かにその自転車上の青年からだった。彼が私の名前を呼んでいたのだ。かなりの距離があったから、どうやって私だと分かったのか、今もって不思議だ。彼は以前日本のオレンジファームの視察団員の一人だった青年だ。私の事を覚えていたのだ。私達2人は彼の案内で、その時の団長さん宅へ行った。もう皆が大喜びだった。そして、ホテルも予約してくれた。
 バス到着所が駅と思ったが、そこは公民館だった。そこで、その夜、晩餐会があるから一緒に行こうというので同行した。大勢の人達に歓迎され、やがて皆が私達に歌を歌えというのだ。「困ったなぁ、私、音痴だから」と同行の女子大生の人に言うと、「何でもいいから歌いましょうよ」という。そして、2人で「桜、桜」を歌い始めた。暫くすると私の音程がくるってきた。困ったなぁと思ったとッタン、私は笑ってしまったのだ。「わっはは、わっはは」と笑う私に、観客たちも大笑いした。「わっはは、わっはは!」と会場中が大笑いになったのだ。楽しかった!あの音痴が役立ったのだ。

 プノンペンへの帰路はオレンジ村の村長さん(?)ご夫妻が車で象や水牛が農耕する平和な風景を見ながら、素晴らしい「東洋のスイス」の旅をすることが出来ました。

 しかし、それから数年後、この国には残虐な『ポルポト政権』時代がやってきたのです。あの「東洋のスイス」を夢見た、シアヌーク殿下は北京へ亡命、やさしい人達、オレンジの村バッタンバンは地雷の村となり、多くの人が殺されました。ホームステイ先の一つだった日本人女性ミチコさんは日本でNHKの行方不明者リストに掲載され、テレビに出ていました。又、プノンペン到着時、最初に空港へ迎えてくれたホームステイ先、ペントールさんご家族の事は一切分かりません。

 つまり、今から約40年前、私の夢の国「東洋のスイス」カンボジアはポルポト政権時代に粛清と虐殺の嵐が吹き荒れ、人口の約1/4にあたる200万人が命を落としました。一方で12世紀にはアンコール朝が最盛期を迎え、今でも世界中の人が集まるアンコールワットを立てるなど明るい歴史もあります。どんな歴史でも明るい過去と暗い過去、両方持つものですが、その両方が今ではカンボジアの大きな観光資源として成立しているのもまた事実なのでしょう。

第96回「ささやかながら強力な絆作りに」

 今回は、ある美容院と化粧品店での、ささやかながら強力な絆作り活動のお話。ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の取り組みだ。

 まずは美容院。店主は常々「誕生月に来たお客さんへのプレゼントをどうするか」を考えていた。これまでもプチギフトをプレゼントしてきて、喜んでもらえてはいるが、もうひとつしっくりこない。さらに良いものはないものか、と。

 そんなある日、「冷凍ケーキ」に出合った。ケーキのプレゼントは以前考えたことがあるが、来店直前に買いに行かなければならず、少し大変だ。しかし冷凍ケーキなら、前もって買って店で冷凍保管しておき、解凍して出せばよい。

 そこで早速注文し食べてみると、これがなかなか美味しいし、解凍時間も30分ほど。お客さんが来店する少し前からの準備で大丈夫。よしこれなら、と決め、次は演出。ハッピーバースデーと書かれたきれいな紙皿と共にローソクを準備。電気を消してハッピーバースデーの曲を流しながらローソクに火を点けて出し、吹き消してもらうようにした。

 そして実際行ってみると、期待以上に喜ばれた。ケーキを写真に撮る方はもちろん、その写真を家族に送る方、SNSにアップする方、ある男性客には、帰り際まで何度もお礼を言われ、大いに手ごたえを感じたのだった。

 次に化粧品店での取り組み。こちらはさらにシンプルに、お客さんが美容の施術を受ける鏡の前に、バースデーメッセージボードを置いた。ここでのポイントは、そこにお祝いメッセージと共に、お客さんの「ファーストネーム」を書くこと。さらに、来店されたお客さんには「○○(ファーストネーム)さん、お誕生日おめでとうございます」と声をかけるようにした。

 こちらもまた想像以上に喜ばれた。お客さんからは、「年を重ねるにつれ、『○○の奥さん』『○○ちゃんのママ』など、周りからも家族からもファーストネームで呼ばれることがなくなってきたから、久しぶりに呼ばれて嬉しい」「誕生日なんて、お祝いどころか覚えてくれてもいないから、感動した」などの声が上がった。

 誕生月などの、お客さんを喜ばせられる機会。そんなときは、ささやかでもいい、彼らのように何か考えて、アクションしてみることをお薦めする。誰にとっても嬉しいものだ。そしてそれを考え実行してくれたあなたのことを、お客さんは大切に思うようになっていくのである。

小阪裕司(こさか・ゆうじ)
プロフィール 

山口大学人文学部卒業。1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。
 
人の「感性」と「行動」を軸としたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。現在全都道府県(一部海外)から約1500社が参加。

2011年工学院大学大学院博士後期課程修了、博士(情報学)取得。学術研究と現場実践を合わせ持った独⾃の活動は、多⽅⾯から⾼い評価を得ている。 

「⽇経MJ」(Nikkei Marketing Journal /⽇本経済新聞社発⾏)での540回を超える⼈気コラム『招客招福の法則』をはじめ、連載、執筆多数。著書は最新刊『「顧客消滅」時代のマーケティング』をはじめ、新書・⽂庫化・海外出版含め40冊。

九州⼤学非常勤講師、⽇本感性⼯学会理事。

カルラ 2 ~投稿千景~

エドサトウ

 司馬遼太郎さんのエッセイ「わだつみ」のなかに「想像だが、紀元前の大昔。日本の海人の世界はひろかったのではないか。かれらは、ひろく漂流した。中国の南部の沿岸から山東半島、遼東半島、南朝鮮の多島海の島々、済州島の島々、日本の北九州、瀬戸内海の島々と言った沿岸がその世界だった。船を家として時に遠く海をゆき、陸の権力から拘束されることがすくなかった。」とあるのはうなずける。

 アフリカ原産と言われるひょうたんの種が、青森県の縄文時代の三内丸山遺跡で見つかっているのを見れば、かなり古い時代から海の交流があったようである。長い航海をするのに真水を蓄える容器にひょうたんは、当時としては最高の必需品であったのではなかろうか?丸木舟に海水が入り、水がたまれば、ひょうたんでくみ出すこともできる。また、大波で海に投げ出されても、からのひょうたんは浮袋の代わりにもなる。ひょうたんの浮袋で海に漂い、丸木舟につかまれば、また、舟に乗ることもできる。木をくりぬいてできている丸木舟は、ひっくり返っても沈むことはなかろうと思われるが、竹のフロートを丸木舟にくくり付けておけば、あまりひっくり返ることもないようである。

 だから、奈良時代以前の昔から船で日本に来た中近東のペルシャの人々はいただろうと少々飛躍した想像もできる。縄文時代の終わりころには、地中海でワインなどを積み込んで地中海の国々と交易をしていた中近東のフェニキア人がいたらしい。だから、かなり大きな帆船があったようである。一世紀以前のこととして、クシャン帝国のインド北部の港に高価な銀器や葡萄酒、衣服などが運ばれたとある。インドからさらに東へ航海をしてベトナムあたりまで到達して寄港したのか、ベトナムの海岸線の港の遺跡からはローマコインが見つかっているわけだから、そういう船が島伝いに日本にたどり着いたとしてもおかしくないように思える。

カナダW杯で初ゴールも、クロアチアに負けグループリーグ敗退

FIFA World Cup Qatar 2022 Draw
FIFA World Cup Qatar 2022 1次リーグ組み合わせ。Picture from FIFA twitter

 カナダ男子サッカーに歴史的な瞬間が訪れた。11月27日のクロアチア戦。試合開始2分、カナダのアルフォンソ・デイビーズがゴールネットを揺らした。右サイドからのパスにヘッドで合わせたシュートはゴールの中央に突き刺さった。

 カナダ男子にとって悲願のワールドカップ初ゴール。1986年に初出場した大会では、1勝どころか、1ゴールも取れずに敗退した。それから36年。ようやく初得点を獲得した。

 しかし、試合はその後クロアチアが得点を重ね、終わってみれば1-4。2連敗を喫した。この試合の前、モロッコがベルギーに2-0と勝利したため、クロアチアへの敗戦でカナダの今大会グループリーグ敗退が決まった。

 試合後ジョン・ハーデマン監督は、試合開始から25分は世界トップレベルの戦い方だった、簡単に勝ちを与えたわけではないと選手たちの健闘を称えた。

 デイビーズは試合後のインタビューで、「カナダにとっての初ゴールを決められて、あの瞬間はうれしかった」と初ゴールを振り返った。ただ「こういう結果になって失望している」とも語り、「90分ベストを尽くしたが勝てなかった。この大会では勝利が全て。次の試合でポイント3を取りにいく」と次試合への意気込みを見せた。

 W杯での敗退は決まったものの、カナダはもう1試合を残している。初ゴールを達成した次は、初勝利に期待がかかる。

 次の対戦は、12月1日(木)午前7時(PST)モロッコ戦。

 現在のグループFの順位は、1位クロアチア(勝ち点4)、2位モロッコ(同4)、3位ベルギー(同3)、4位カナダ(同0)。

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メトロバンクーバーで10センチ以上の積雪に

すっかり雪化粧したノースショアの山々。2020年1月。Photo by Naomi Mishima
すっかり雪化粧したノースショアの山々。2020年1月。Photo by Naomi Mishima

 カナダ環境・気候変動省は11月27日にブリティッシュ・コロンビア(BC)州南西部に特別気象告知(Special Weather Statement)が発表された。メトロバンクーバーを始め、グレータービクトリアなどバンクーバー島も対象となっている。

 告知によると、29日から30日にかけて、気温が氷点下となり、積もるような雪から、雨になるという。これに伴い、交通事情にも影響が出る可能性があると説明している。

 メトロバンクーバーでも、29日には午後から雪となる予報で、ところにより大雪になるとしている。

 ウェザーネットワークによると、積雪は、バンクーバーで10~15センチ、メープルリッジやアボツフォードでは15~20センチ、ホープでは20~40センチとなると予測している。

 バンクーバー島では、ビクトリアは積雪するも多くても約2センチだが、ナナイモなど南東側は10~20センチと予測している。

 気温も零度を下回る予報で、風の影響などによる体感温度はさらに下がると予測している。

Weather Network Websiteより。
Weather Network Websiteより。

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BC州の海岸で数週間に複数のザトウクジラの死骸が見つかる

 カナダ政府漁業海洋省によると、ブリティシュ・コロンビア(BC)州の海浜や沿岸で、10月12日から11月21日の間に、少なくとも4頭のザトウクジラの死骸が発見された。うち2頭はボートなど大きな物体と衝突した可能性があるという。

 最初にザトウクジラが見つかったのは、10月12日と15日。BC州北岸のプリンスルパート付近で、死骸が浮いているのが発見された。これは、11月21日にハイダグァイの浜辺で見つかった腐敗した死骸と同一の個体だと、研究者らは推測している。

 2頭目は10月23日、BC州南西部のマルコム島付近で、若いメスの死骸が見つかった。続いてハイダグァイで11月5日と11月14日に、オスの死骸が1頭ずつ発見された。また同時期に、バンクーバー島近くのクァツィノ海峡で、別の個体が漁網に引っかかっていたのが見つかったが無事だった。

 Marine Education and Research Societyの教育部門ディレクターJackie Hildering氏はCBCのインタビューに対し、死骸は通常海に沈むので研究者らがアクセスできることは稀であり、今回のクジラの死因特定は、今後の海洋哺乳動物保護を考えるうえで貴重な機会になると説明。また、海上交通の増加や気候変動が進む中で、今回のニュースが人々の海洋哺乳動物保護への関心を高めることに期待すると話した。

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銃撃から逃走劇へ、メトロバンクーバーの駅など閉鎖される

 メトロバンクーバーのポートコキットラム市(ブリティッシュ・コロンビア州)で発生した強盗事件が銃撃事件に発展し、多くの警察官が動員される事態となった。

 コキットラムRCMP(連邦警察)によると、事件が起こったのは11月22日午後3時半ごろ。4人の武器を持った強盗が、ポートコキットラムのローヒードハイウェイ近くのカーディーラーシップから、車を盗んだと通報があった。駆けつけた警察と銃撃戦となり、盗難車の1台がハイウェイ1のキングエドワード付近で衝突、容疑者の1人がその場で逮捕された。

 他の容疑者は付近の車を乗っ取り、サレーの方へ逃げたが、のちに逮捕された。残り2人の容疑者は逃走し、現在のところ行方は分かっていない。事件当時、犯人は覆面をしていたが、警察では逃走犯の特徴を公開できるよう捜査を進めている。

 この事件で複数がけがを負ったが、銃撃によるものではなく命に別状はない。警察官や逮捕された容疑者にも、銃撃によるけがはなかった。逃走中の容疑者の状態については分からないとしている。

 数時間に渡る銃撃、追跡によって、バーナビーやサレーなど周辺地域の警察官も多数出動したほか、メトロバンクーバーの夕方のラッシュアワーにも関わらずスカイトレインの駅やバス停、道路が閉鎖され、周辺は物々しい雰囲気に包まれた。

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JWBA秋の講演会(前編)「コロナはチャンスだった、地上に降りた機内食」

ジャパンスカイダイニング代表・國光愛さん。講演中には笑いも起こるほど、明るい雰囲気に包まれた。2022年10月13日、バンクーバー市リステルホテルで。Photo by ©Koichi Saito
ジャパンスカイダイニング代表・國光愛さん。講演中には笑いも起こるほど、明るい雰囲気に包まれた。2022年10月13日、バンクーバー市リステルホテルで。Photo by ©Koichi Saito

 今年25周年を迎えた日系女性企業家協会(JWBA)が10月13日、バンクーバー市リステルホテルで秋の講演会を開催した。

 講演者は、國光愛さんとハイディ浜野さん。講演内容を2回に分けて紹介する。前編は、國光愛さん「コロナはチャンスだった、地上に降りた機内食」、後編はハイディ浜野さんの「あなたも家が買える、クレジットスコアのからくり」。

ジャパンスカイダイニング代表・國光愛さん「コロナはチャンスだった、地上に降りた機内食」

 機内食を調製し、バンクーバーから日本への直行便を運航する路線で、主に和食を提供するジャパンスカイダイニングの代表・國光愛さん。新型コロナウイルス禍の逆境をチャンスに変え、乗り越えた経験を語った。

一つひとつ手作りの機内食製造現場をプロジェクターで示しながら説明する國光さん。2022年10月13日、バンクーバー市リステルホテルで。Photo by ©Koichi Saito
一つひとつ手作りの機内食製造現場をプロジェクターで示しながら説明する國光さん。2022年10月13日、バンクーバー市リステルホテルで。Photo by ©Koichi Saito

 2004年に家族で来加。バンクーバーで人生初の専業主婦を体験した後、事業を引き継いだ。

 「私は悩むことよりも先にやってみようと思うのが先行します」と事業を引き継ぐ決心をした当時を振り返った。「行動に移すことに力を注ぐべき」がモットーだ。

 機内食の製造は機械作業ではなく、一つひとつ手作業。それは、ビジネスクラスも、エコノミークラスも同じ。難しいのは、温度管理が重要で、おいしさだけを追求するわけにはいかないところだという。

 そうした難しさを克服して、日本航空が実施している機内食に携わった企業のクオリティアワード制度(Meal and Operation Quality Award)の中距離カテゴリー(Middle Haul Category)で2017年・18年に世界1位に輝いた。

 そして、3年連続を目指していた矢先に新型コロナウイルスの感染が拡大した。

 日本便は全便運休、機内食の注文はゼロに。30人以上いたスタッフも激減、少ない注文をこなす日々が続いた。

 街では新型コロナ禍でロックダウンが続き、状況は悪化する一方。「このままでは心が折れてしまう」と、スタッフとミーティングを重ね、「食事だけでも楽しめたら」と何ができるかを考えた。

 ここから「モットー」が爆発する。

 これまでの経験を生かして「食」に携わるべきだとの結論に至り、身の丈にあった「食」のビジネスをするのがいいと考えた。今ある食材と知識を生かして自分の好きなことと結びつける弁当ビジネスを思い付く。

 しかし、一つひとつ注文を取って作るノウハウはなく、また、ウーバーイーツが始まった頃でレストランのデリバリーには勝てないと思った。

 そこで、「ジャパンスカイダイニングが提供できる特化した商品は何か?」を考え、閃いたのがプラッターだった。数種類の酒のつまみやご飯のおかずを提供してはどうか、毎週メニューが変れば毎週楽しみにしてもらえるのではないか、と考えた。

 1週間に一度プラッターのメニューを変えることは、想像以上に過酷なスケジュールだったが、悩んでいる暇はなかった。すぐに取り組み、第1弾を試食してもらい、第2弾もすぐに作った。「行動力の速さは今までの経験とスタッフの団結力だったと思います」と振り返った。

 また、中身を伝えるための「おしながき」を必ず毎週付けると決めた。そこから日々勉強とアイデアの勝負だった。こどもの日、母の日、節分、七夕など、子どもと大切にしていた日本の行事が生きた。思い付くものはなんでも商品にした。「鬼滅の刃」が大ヒットしていると聞いて、恵方巻を鬼滅の刃仕様にした。カナダ政府が入国者全員に2週間隔離を実施した時には、友人の助言を基に「2週間隔離メニュー」を作って注文を受けるとホテルに届けた。

 新型コロナが収束しない中で新年を迎えるにあたり「明るい新年を迎えるためにお節をやろう」と考え、日本ほど盛大でないカナダの正月には「食べきりサイズ」と決めた。決めたら即実行。ハロウィンが終わるタイミングで、どこよりも早くに告知。そして、無事12月31日と1月1日に届けた。

 その後、機内食の仕事が徐々に戻ってきたが、新しいことにもチャレンジした。

 1人ではプラッターほど大きなものはいらないけど「お弁当があったら頼みたい」という「近所に勤務する車屋さんのお兄さんの一言」をきっかけに、「注文から30分でできるお弁当」を思い付いた。思い立ったらすぐ行動。その日のうちにお弁当を作ってその人に届けた。それから毎日注文してもらえるように日替わりメニューを考えた。

 「今振り返ってみると、この3年間は、内容の濃い年月だったと思います。どうやって乗り超えたんだろうと考えると、間違いなく即行動したことだと思います」

 すぐに行動を起こして乗っていかないとあっという間に置いていかれる。「波に乗るためにも、チャンスがきたときにチャレンジでき、捕まえる準備をしておくことが重要だと思います」

 今できることをしっかりしていれば必ず結果は付いてくると信じて、毎日の仕事に専念。その結果、日々の仕事を評価してもらい、新しい仕事が入ってくるようになる。

 現在は、日本便以外の国際線での機内食も手掛けるようになった。「日々のコツコツした努力がチャンスをしっかりつかむ準備になったんだと思います」。

 それでも降りかかった災難をチャンスに変えられるかは自分次第だ。

 「ちょっとしたきっかけで行動を起こす勇気がある人こそ、どんどん人生を好転させていくんだと思います」。新しいことに挑戦する時、最も大事にしていたのは「自分が客なら」という視点。弁当やプラッタービジネスでは、直接反応をもらえるという「機内食をしているだけでは味わえない幸せ」に感動したと語った。

 「チャンスは思い立ったらすぐ行動する行動力が大切だと思います。根拠なき自信は間違いなく日々の努力の賜物です。笑う門には福来る、また困難なことが来ることもあるかもしれませんが、笑って乗り切ろうと思います」と締めくくって講演を終えた。

國光愛(くにみつ・あい)

兵庫県宝塚市出身
2004年来加、2006年機内食事業を始める、2010年Japan Sky Dining Ltd.設立
現在は、日本航空の和食、エアカナダの日本行きほか、韓国やアジアへの運航便の機内食、新型コロナ禍に始めた一般顧客用プラッタービジネスも継続している。
Japan Sky Diningウェブサイト:https://japan-sky-dining-ltd.jimdosite.com/

日系女性企業家協会(JWBA)黒住由紀会長。「ビジネス的に成功した優秀な会員が多いのが自慢です」と会員の努力を称賛した。2022年10月13日、バンクーバー市リステルホテルで。Photo by ©Koichi Saito
日系女性企業家協会(JWBA)黒住由紀会長。「ビジネス的に成功した優秀な会員が多いのが自慢です」と会員の努力を称賛した。2022年10月13日、バンクーバー市リステルホテルで。Photo by ©Koichi Saito

日系女性企業家協会(Japanese Women’s Business Association)

1997年設立、会員数・現在22人
バンクーバーでビジネスを展開する女性が集い、協力する「企業家」団体として活動している。
ウェブサイト:http://jwba.ca

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COP27閉幕、カナダの気候変動パフォーマンス指数は最下位に近い58位

 エジプトで開催された国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)が11月20日に閉幕した。

 COP27開催中に発表された「気候変動パフォーマンス指数(CCPI)」で、カナダは63位中59位と低い順位だったが、昨年の61位より少しランクを上げた。

 CCPIによると、カナダは、「GHG(グリーンハウスガス)排出量」、「再生可能エネルギー」、「エネルギー利用」の項目で非常に低く、「気候政策」が唯一「中レベル」と全体的に低いパフォーマンスとなっていると評した。

 ただ、2022年3月に発表した「2030年排出量削減計画」は、2030年までにGHG排出量を40%削減し、2050年までにネットゼロを達成するための政策ロードマップと評している。さらに石油・ガス産出からの排出量に上限を設ける規制も策定中と紹介した。

 カナダは、CCPIでは世界的な石油・ガス・石炭の産出国と位置付けられている。カナダ以外には、アメリカ、中国、オーストラリア、ロシア、サウジアラビア、イランなども含まれている。

 こうした国々は軒並み低い順位にランクされている。ただ、天然資源産出国と定義されながら、インドは8位、ノルウェイ10位、イギリス11位と上位にランクされている国もある。

 カナダは、現在アルバータ州からブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーまでのトランスマウンテンパイプラインを拡張中で、こうした政策などで今後石油産出は増加する予定。

 2005年から毎年ジャーマンウォッチが発表しているCCPIは、世界の温室効果ガス排出量の92%を占める59カ国とEUを対象とし、温暖化防止パフォーマンスを標準化されたフレームワークで比較したもので、GHG排出量、再生可能エネルギー、エネルギー使用量、気候変動政策の4つのカテゴリーで評価されている。

 今回も、1~3位までに該当する「対策が十分な国・地域」はなく、最高位はデンマークの4位(スコア79.61)。5位スウェーデン(73.28)、6位チリ(69.54)が上位3カ国となった。カナダは58位(26.47)、アメリカ52位(38.53)。アジアは最高位がインドの8位(67.35)、日本は50位(40.85)、中国51位(38.80)、韓国60位(24.91)となった。

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S.U.C.C.E.S.S.リッチモンドから無料オンラインワークショップ「老後の資金計画」のお知らせ

テーマは「 老後の資金計画

日時:2022年12月9日(土)午後6時半~8時

申し込みリンク: https://bit.ly/3ETEE2d

お申し込みの締め切り:12月8日(木)

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“老後の“と日本語にしましたが英語だとリタイヤメント、定年退職後のことを指すと思います。皆さんはどう計画されていますか?人生80年どころか長寿化が進んでいますので、人生100年を前提に、定年退職した後も現役で働き続ける方も多いでしょうか。

現役を引退して安心して余生をすごすためには、いったいどんな資金面での知識があったら良いでしょうか。その辺りをファイナンシャルプランナーの榊原さんにお話しいただく予定です。政府からの援助があるRRSPを始め、節税や年金などについて一緒に学ぶ機会にできたらと思っています。

<内容>

リタイアメントプランを積極的に開始する方法

政府による課税繰り延べや貯蓄の機会を利用することの利点について

政府の制度(RRSP, TFSA, CPP, OAS, GIS)について

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お申込み・問い合わせ:kozue.ito@success.bc.ca / 236-880-3392 こずえまで

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