第98回 『“カナダの黒人” とよばれて―カナダ先住民の苦悩』

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~グランマのひとりごと~

 「ママ、見てよ、アレ!」 車で私達はバラードブリッジを渡っていた。日本から私の手術見舞いに来た次女が運転しながら、橋の右側手すりを「あれよ!」と顎で差した。見ると何だか靴が一杯橋の手すりにつるしてある。ずらーと数えきれない沢山の運動靴が吊り下がっている。こんなところに、こんなに沢山の靴を飾るなんて!「変だなぁ」ふっと思った。

 すると娘が「ママぁ、なんであんなに靴が飾られているか知っている?」 私は「知らないわ」。でもさぁ、昔パリでセーヌ川の河岸歩いていたら、欄干やら手すりに南京錠がいっぱいかけてあってさぁ、セーヌ川に鍵を流し、鍵を外すことができないようにと言う、パリっ子がよく知る”恋のおまじない”。 パリでそれやっていると”おしゃれ”な気がするけどバンクーバーのバラード ブリッジの運動靴って? あんなに沢山、一体、何か意味あるの?

 グランマがべちゃ べちゃ言っているうちには車は橋を渡り終えた。グランマのべちゃ べちゃ べちゃを聞き終えた娘が話始めた。「ママぁ、あれってね、BC州の北部で、先住民の人達がヒッチハイクをして、強姦や又殺害される人が多いのですって。その被害者達の靴なのよ」「ええっ! 本当?」「先住民の居留地は不便で公共の乗り物はないから、結局、彼らは遠くへ行くのにヒッチハイクするのよ。バスもないでしょう。そして、殺害されたり、強姦される。その犠牲者の靴をあの橋に飾って彼らの悲惨な状態を訴えているのよ」

 つい数日前だった。”エアーライン会”の帰り、イズミヤへ行った。店へ入ってすぐ、同行の悦子さんが「澄子さん、これ」と数ページある日本語のプリントを手渡してくれた。見ると『月刊 ふれいざー』だった。ずっと前に廃刊と聞いていたのでおどろいたが、嬉しかったし、懐かしかった。帰宅後、久しぶりに姿の変わった『ふれいざー』をゆっくり読み始めた。

 このITにうといグランマには、日本語の『バンクーバー新報』紙や『月刊 ふれいざー』誌は長年の楽しみだった。そこには世界の事はもちろん、ローカルの記事が掲載され、時々自分の知っている人の写真さえ見る事もあった。そして今、新報紙はウエッブ掲載になった。それを読む為に、グランマはかなりの努力と苦労、色々な人に迷惑もかけながら教えて貰い、お陰様で楽しく読めるようになった。

 ところで、『ふれいざー』誌を読み始め、暫くするとそこに「知っておかねばいけない先住民の歴史」と言うページにぶつかった。なんと先日、娘が話していた『バラードブリッジの運動靴飾り』の事も書かれていた。『“カナダの黒人” とよばれて―カナダ先住民の苦悩』

 読んでいるうちに胸がジーンとし、目頭が熱くなる。“カナダの黒人”と呼ばれて……。グランマは自分の無知が情けなかった。と言って何が出来るわけでもない、でも無関心でいてはいけないと強く思った。

 グランマの息子は以前ダウンタウンのロブソン スクエアーを見下す眺めの良いコンドゥに住んでいた。彼は友達と仲良くそこに住み、幸せに過ごしていると長い間、信じ込んでいた。何時、訪ねてもそのユニットは綺麗だった。台所も整っていた。ところが2018年12月、突然息子がグランマの家に戻って来た。重度のうつ病だったのだ。

 長年同居していた先住民の友人は”バファロー ジャシュワ”という名の公認会計士だ。コンドゥは彼のガールフレンドと息子の3人同居だった。しかし、息子のグランマ宅への移動と同時にグランマはジャシュワに転居願いをした。すると気持ちよくOKしてくれた。うつ病の息子は結局、数年彼等に世話してもらい、どうやら感謝の同居人だった。ジャシュワは体格の良い、いつも穏やかな青年だった。本当に当時薬漬けの息子は、その青年とガールフレンドに支えられ一緒に住んでいたわけだ。ジャシュワは先住民居留地出身で、居留地出身者で初めての公認会計士であり、彼らにとって誇りなのだと息子が言っていた。今、彼らはオーストラリアに転居している。

 サンフランシスコの長女は、山火事とCOVID-19で長い間外出無し。毎日、庭の改造、掃除、洗濯、そして、トランプの悪口に忙しい、それでも毎朝晩グランマに電話をくれ、難聴者用に両耳に掛けなくて良い特別デザインのマスクを手作りし、優しい励ましの言葉と一緒にそれを送ってくれた。有難い。先月末に6ケ国の血を引く孫は16歳になった。そして、彼女は友達と先日、黒人差別反対運動のデモに参加してきたと言っている。生きている自分の周り、見れば、全てにあらゆる意味で差別だらけだ。

 こうでなければならない、ああでなければいやだ、と思って始まる苦悩と争い、

 こうなったら嬉しい、ああなったら楽しい、と思って実現する幸せ、そして平和。

 そして、昨夜、グランマは久しぶりにダウンタウンへ行った。帰りに又一人バラードブリッジを渡って見た。そこには、もう、あの沢山の靴たちは静かに消えていた。                                

グランマ澄子

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 好評の連載コラム『老婆のひとりごと』。コラム内容と「老婆」という言葉のイメージが違いすぎる、という声をいただいています。オンライン版バンクーバー新報で連載再開にあたり、「老婆」から「グランマのひとりごと」にタイトルを変更しました。これまでどおり、好奇心いっぱいの許澄子さんが日々の暮らしや不思議な体験を綴ります。

 今後ともコラム「グランマのひとりごと」をよろしくお願いします。