「カナダで出会った新渡戸稲造」⑦

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晩年の稲造 なぜ「唐人お吉」にお地蔵を・・・?

 この「カナダで出会った新渡戸稲造」ですが、バンクーバー新報に2017年6月から7回ほど掲載されました。その後、新たな発見や付け加えたいこと、そして少し直したいところなども多々見つかり、今回の新しいオンライン版バンクーバー新報に改めて投稿したく、よろしくお願いいたします。

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 国際連盟における新渡戸稲造の活躍は「ジュネーブの星」とたたえられ、日本という国を世界に知らしめました。それはまさに、「太平洋の架け橋」から「世界の架け橋」になった思いだったでしょう。6年間の事務次長職を退任し、1926年に帰国、64歳。

 その後貴族院の議員にもなり、女子学校の設立などにも力を注ぎます。さらに、太平洋問題調査会の理事長に就任。これはアジア・太平洋地域の平和と交流を目的とする調査会で、次の一万円札の肖像に登場する渋沢栄一も関わっています。また現在の保険医療制度につながる医療組合の設立にも取り組み、いろいろな分野で大活躍、経験豊かな国際人として面目躍如たるものがあった、と思います。

 しかし1931年(昭和6年)に満州事変が勃発し、日本への非難が高まり、日米関係も悪化。そのころの日本は軍靴の足音がどんどん大きくなり、翌年2月、松山市で講演したあと、軍部批判の記事が新聞に大きく掲載された、いわゆる松山事件で、稲造は軍部から非国民として攻撃を受け、身の危険を感じます。4月に日本の立場を説明しようと渡米、でもあらぬ風評もたち、また米国での数多くの講演でも反感をかってしまい、太平洋の架け橋も崩れ、1933年3月、妻メアリーを米国に残し、1人失意のまま帰国。その直後に日本は国際連盟を脱退。その星とたたえられた新渡戸稲造としてはどんな気持ちだったでしょうか。

 ふるさと盛岡を訪ねて、祖先のお墓参りなどもしています。間もなく71歳、何か心に感じるものがあったのでしょう。忙しい中、7月に「唐人お吉」の墓がある下田に行きます。このお吉ですが、幕末、アメリカ総領事ハリスのもとに無理やり奉仕することを命じられ、その後不幸な人生を送り、入水自殺をした女性です。

唐人お吉  Photo © 矢野修三
唐人お吉 © 矢野修三

 ハリスが体調を崩したので、看護婦を頼んだが、通訳にも問題があり、奉行所は妾と勘違いし、当時17歳であった美人芸者のお吉が選ばれたようです。最初は同情もありましたが、当時としては高額の支度金をもらって羽振りもよく、下田の人々から嫉妬や偏見の目で見られるようになり、ラシャメン(洋妾)などといじめられ、身を滅ぼしたとのこと。

お吉が身投げした「お吉ヶ淵」  Photo © 矢野修三
お吉が身投げした「お吉ヶ淵」 © 矢野修三

 そのお吉が身を投げた場所に稲造は慰霊のため、お地蔵の建立を頼み、日米修好の犠牲になった彼女を「大和撫子」とたたえています。数年前日本に行った時に下田のそのお地蔵さんを見てきました。また、当時稲造が宿泊した旅館(今は喫茶店)を訪ね、宿帳を見せてもらいました。そこには室町時代の禅僧、夢想国師の「盛りをば見る人多し散る花の あと訪うこそ情けなりけれ」 この和歌を稲造が宿帳に書いています。これは将軍足利尊氏が西芳寺に桜を見に行ったがすでに散っており、不満を漏らした時に夢想国師が歌ったもの。人生においても盛りを過ぎた後に思いをかけてやるのが真の思いやりだ、と将軍を諭したとされています。

 でもなぜお吉のために、わざわざ下田に行ってお地蔵さんを頼んだり、このような和歌を宿帳に書いたのか…。満州事変以降、稲造の晩年は日米の間で多くの友を失い、太平洋の架け橋も修復できず、日米の間で犠牲となったお吉の不幸な境遇と今の自分の気持ちを重ね合わせたのでは…、と思えてなりません。

 急ぎ8月にカナダのバンフで行われた太平洋問題調査会に出席。その会議で最後の力を振り絞って国際平和を訴えましたが、ついに病に倒れ、1933年10月カナダのビクトリアで71歳の生涯を閉じました。

 その後、日本は稲造の恐れた軍部の台頭すさまじく、戦争という泥沼に入り込んでしまいました。早すぎた国際人、新渡戸稲造の輝かしい活躍も軍国主義の中ですべて消されてしまい、歴史の教科書にも登場せず、日本人はほとんど知らないのだと思います。誠に残念です。1984年に五千円札の肖像として登場しましたが、遅すぎる思いです。

 葬式はバンクーバーのSt. Andrew’s Wesley教会で行われたとのこと。実は2002年に矢野アカデミーはその真向いのビルに引っ越してきました。教室の窓から教会が目の前に見え、稲造にのめり込んだ2012年ころから毎日眺めています。カナダで出会った「新渡戸稲造」との赤い糸をそれとなく感じながら…。

 次の最終回はUBCにある新渡戸ガーデンの経緯などについて綴りたいと思います。

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