第49回 日本の自然災害被災者とカナダのホームレス

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~「終焉」はない継続的な社会問題~

10周年の追悼式

 周知の通り、今年の3月11日は東日本大震災が起こってから10年目を迎えた。この日、日本はもとより世界の多くの国々のメディアも、東北で起きた「あの日」と「今」を比較する記事を書き、中にはそれを一面のトップに掲載している。

 日本では天皇皇后両陛下を迎え、東京の国立劇場で政府主催の追悼式が開催された。

お言葉を述べられる天皇陛下©︎ Keiko Miyamatsu Saunders
お言葉を述べられる天皇陛下©︎ Keiko Miyamatsu Saunders

 今や地球上で日々起きている自然災害のニュースは、最新のテクノロジーによって瞬時に世界に流れ、お茶の間でコーヒーを飲みながらでさえ知ることができる。そうした数え切れないほどの災害が際限なく起こる中で、何故東日本大震災がそれ程までに世界から注目されるかと言えば、やはり福島第一原発でメルトダウンが発生した為である。

福島の原子炉の風景 ©︎ Keiko Miyamatsu Saunders
福島の原子炉の風景 ©︎ Keiko Miyamatsu Saunders

 死者・行方不明者は1万8000余人と言われ、未曾有の大惨事であったわけだが、10年たった今も賃貸住宅を借り上げる「みなし仮設」と呼ばれる家で暮らす人は1600余人と言われる。また放射能汚染から逃れるための避難者は、数え方によってばらつきがあるものの、16万人と言う統計も出ている。

当時体育館に集められた荷物 ©︎ Keiko Miyamatsu Saunders
当時体育館に集められた荷物 ©︎ Keiko Miyamatsu Saunders

 加えて廃炉の完了は、廃棄物780万トンを処理して再利用できる更地にするまでには、少なくとも100年の歳月を要すると日本からのニュースは伝えている。

ファンドレイジング

 思い返せばあの災害時、世界中で瞬く間に支援の輪が広がり、大きな団体から市井の人々に至るまで、何らかの形で支援金を送るべく立ち上がった。当時筆者が住んでいたトロントでも、無数の団体が即ファンドレイジングを開始したが、中でも日本からの女性移住者たちの多くが一丸となって、市内の一番の繁華街で「おにぎり作戦」を開始したのは忘れられない。

 ビジネススーツに身を固めた男女が行きかう昼食時、一個1ドルの“Rice Ball”を声を枯らして売りさばいたのだが、これが飛ぶように売れたのには嬉し涙が込み上げたものだ。

 しばらくの間は、地元のメディアが日本からのニュースを写真と共に掲載してくれたことで、誰一人として日本の惨状を知らない人はなかった。配給される飲み水をポリバケツに貰うのに、長い行列を作って辛抱強く待つ人々、泥水につかりながらお年寄りを背負って助け出す自衛隊員の姿、人の弱味に付け込んだ物取りや略奪などはしない日本人の倫理観などなど…、総じて心温まるニュースが大方だったと記憶する。

弱い立場の女性に対する性暴力

 だがその裏で、当時表沙汰にはならなかったものの、避難所で性暴力や家庭内暴力(DV)があった事が、後になって「東日本大震災女性支援ネットワーク」と呼ばれた組織の調査(2013年12月発行/2015年1月修正)で明らかにされた。

 大体は避難所のリーダー格の男性が、若い女性や夫を震災で亡くしたシングルマザーなどに支援物資を融通することをほのめかし、性的関係を強要する例が幾つか報告されている。震災に遭っただけでも気持ちが不安定な時に、更にこうした人的被害に遭遇することは、耐え難い苦痛を二重に負うことになる。

 実際に石巻市の親戚ら4人を失くしたトロントの友人は「こんな事があったであろうことは想像できる」と言う。お互いがお互いを知り尽くしている小さなコミュニティーの中では、決して本人が口を割ることはしないため被害が公にならないのである。

 しかしどんな状況にあっても互いを尊重し、その人権が守られることは何人と言えども重要であることは言をまたない。だが日本の場合、幾度となく繰り返される自然災害の避難場所からの写真には、そうした配慮があるとはとても見えないものばかりだ。被災生活が長期にわたっても「雑魚寝」を強いられている様子には本当に胸が痛む。

ビクトリアのホームレス

 現在ビクトリア市には約200人のホームレスがいると言われるが、その数は増えこそすれ減少することはない。

 彼らに関し今でも忘れられない思い出は、2016年に市内のBC州裁判所の裏庭にある公園に、「Tent City」と呼ばれる一大コミュニティーを形成し大問題になった出来事だ。結果的には、州政府、ビクトリア市、BC Housingなどが協力して、全員ではないものの、彼等の多くをしかるべき施設に入居させたのである。

 だがそれで一件落着とはいかず、アパートに入れず夜だけ開放されていた教会や公共施設で寝泊まりしていたホームレスたちが、コロナの蔓延で「ソーシャル・ディスタンス」の規制の為にはじき出されてしまったのだ。

 では溢れた彼等は何処へ行ったかと言えば、又もや公園でのテント生活を再開したのだ。しかし以前の「Tent City」ようにまとまった場所に集まることは出来ない為、幾つもの公園や駐車場に点々とテントを張っている。

 そして今回もまた、州政府、ビクトリア市、BC Housingなどが協力して、彼等の多くを4月末迄には既存の建物をリノベートした場所に入居させる準備を急いでいる。

 一方テント生活を嫌うホームレスには、現在パンデミックで閉鎖されている市内にあるアイスホッケーや、各種のスポーツ競技が行われるSave-On-Food Memorial Centreと呼ばれる屋内アリーナを、一時開放して50人ほどを収容している。

 収容者は男女半々でシングルベット、サイドテーブル、小さなロッカーがあり、シャワーも使え3度の食事やメディカル関係者も24時間体制で常勤しているが、アリーナのリースは5月に切れる予定である。

 だが4月には用意される筈のアパートへの入居は、現在テント生活をしている人々が優先とのことで、アリーナ住まいは後回しになる。となれば今は我慢してテント生活を続け、アパートが出来次第入居するか、アリーナで雨風を防ぐ生活を今選択するか…、彼らにとっては思案のしどころなのだ。

 しかしすべてのホームレスが、雨風をしのげるアリーナを好むわけではない。もう3年半もテントや路上生活をしていると言うジェフ(仮名)は「テントは確かに天気の悪い日は寒いし、雨が染み込んで気持ちが萎える。でもテントならもっとプライバシーがあり自由だ」と強調する。また「アリーナは私物を安全に保管する場所が十分にないのでいつ盗まれるか心配だ」と。そして最後に「安心して住めるかどうかはHuman Rightsの問題なのだ」と結んだ。

 筆者はこの言葉にハッと息を飲んだ。日本ならさしずめ「自己責任」で片付けられそうなホームレス問題。だがビクトリアの彼らは「Human Rights」を口にする。日本の被災者収容所での「雑魚寝」の写真が次々と頭をかすめるのを拭い去ることが出来なった。

 公園を占拠する数々のテント、信号無視で車道を横切る傍若無人な行動、閑静な住宅街への出没等など、市民からの苦情は絶えず、新聞はそうした人々の投稿を何度も掲載している。

 イタチごっことも言えるホームレス問題は、どの都会も解決を見ることなく永遠の課題として引きずっている。

公衆トイレの外壁にある使用済みの薬物針の箱 ©︎ Keiko Miyamatsu Saunders
ビクトリア市庁舎にある公衆トイレに設置されている使用済の薬物針の箱 ©︎ Keiko Miyamatsu Saunders

 付随だがBC州では薬物のfentanyl(フェンタニール/鎮痛剤)の使用が蔓延しており、今年の1月だけでも過剰摂取によって165人がすでに死亡しており、その多くがホームレスである。

 最後になるが、13日付けの日本からのニュースでは、経済省が太平洋側に洋上風力を普及するための検討に入ったと伝えている。

 海に囲まれた日本では再生エネルギーの主力に育つと期待され、2040年までに最大4500万キロワット(原発45基分相当)を導入する計画とか。遅きに失した感はあるものの、今後の動きを注視したい。

サンダース宮松敬子 
フリーランス・ジャーナリスト。カナダに移住して40数年後の2014年春に、エスニック色が濃厚な文化の町トロント市から「文化は自然」のビクトリア市に国内移住。白人色の濃い当地の様相に「ここも同じカナダか!」と驚愕。だがそれこそがカナダの一面と理解し、引き続きニュースを追っている。
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