車談義 ~投稿千景~

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エドサトウ

 車を買うことにした。

 というのも一番下の息子が小生のガーデニングの仕事を手伝い、ゆくゆくは僕の仕事を引き継いでくれるという話になったからである。カナダの大学までゆきコンピューターの勉強をして、それなりに関連した仕事をしていたが、ガーデナーに転じるとい「シフトライフ」である。

 人生100年と言われるこの時代に、人生の途中で仕事を変わることも、また長い人生を生きていく上で意味のある事であろう。僕自身も、40代の初めにガーデニングの仕事に転じた。

 若いころにアルバータ州で2年の農業実習をすましてバンクーバーに出てきて一年ガーデニングの仕事のヘルパーをしたことがあり、多少の言葉の不安あったものの、40代で独立をして自分でガーデニングの仕事をするものの、それで家族を養うほどの仕事もなく、しかも春先は多忙をきわめるものの夏にはなれば仕事は暇になり生活が大変であった記憶がある。

 雨が降れば仕事が思うように進まず。夏になれば、その暑さにフウフウ言いながらする仕事は、けっこう慣れないものにはきついものである。冬になれば仕事もなく、若い者には時間を持て余す。バンクーバーに出てきた最初の冬に「これではだめだ。」と思い、日本へ帰る決意をしていたら、友が日系の造船所の仕事を紹介してくれて僕も落ち着いてこの仕事に頑張ることができた。

 結婚もして子供も生まれて家族ができた。そうこうして多忙な生活をしているうちについに造船所も不況となり、転職を余儀なくされ、必要に迫られてガーデニングの仕事を始めたのである。今風に言えば「シフトライフ」なのである。

 息子の場合は、コロナの感染症で、特に仕事を失うわけでもなく、自分の意志で退職届けを出してガーデナーに転職したものである。いやいや、よく「シフトライフ」の決意をしたものである。それならばと思い、新しく仕事用の車を買うことにしたのである。

 新車を購入するにあたり、よく日系のイベントでボランティアをしておられるN社のセールスマネイジャーのF君に手続きをしてもらった。桜の咲く春の日、新しい車を取りにホワイトロックに近いお店へ行き手続きが完了をして、ショールームの角の椅子に座り、コーヒーを飲みながら車談義が始まる。

 僕は造船所の仕事が落ち着くと、乗っていたアメリカの車「ベルエアー」を当時、人気が出てきた日本の車に買い替えたのがN社のブルーのライトバンである。1968年ころに父が最初に買った車もこれと同系統の日本名ブルーバードであった。

 父の評価は「この車はアフリカの過酷なサファリラリーで初めて日本車で優勝した車でエンジンがしっかりしている」という話であった。その後もこのブルーバードの活躍は続いた。

 僕もこの1600ccの小型エンジン(北米では小型)をこよなく愛し、10万マイル近くまで乗ったが、家族が増えたので買い替えることにして、友にその話をしたところ、友が興味をを示して、一度エンジンをよく見せてほしいと言って、友達のメカニックを連れてきてエンジンなどのチェックを始めた。

 そして、彼は「この車はまだピストンの圧力がぜんぜん高いよ!」と驚いた。その後、僕の車を買い取った友は、その車で日本からゲストが来るたびにバンフまで何度も往復をしたが、最後にエンジンにヒビが入り、修理にお金がかかるので車を手放した。

 F君に「車の寿命が10万キロと言われた時代に、よく走りましたよ!」と僕が言うと「私はその頃に生まれましたよ!」笑っておられた。

 さらに彼に「僕は、今回、新車を買ったけれど、よく考えてみたら、2030年までの脱炭素化と言う時代に、この車はもう、十年も乗れないかもしれないね?」と言うと、「いや、ガソリン車の販売は少なくなるかもしれませが、2030年以前に購入した人はダイジョブだと思います」とF君は言われた。

 「それでも、電気自動車のエネルギーを火力発電で供給すれば、結局、石炭や石油などの化石燃料をより多くに使うようになるから、エネルギーの交換率からすれば、同じではないのかと思うのですが?」

 実際に化石燃料による発電は2017年頃までの日本では90%近くおこなわれている。「いや、これからは太陽電池や風力発電によればいいわけです」と彼は言う。

 「なるほど、じゃあ!原子力発電も問題はあるけれども、小型化すれば将来に必要かもしれないねえ!」

 いやいや、時代はここ数年で大きく転換しようとしているように見える。車もドローンの原理をもちいた空飛ぶ車を研究している会社もある。高層ビルの間を、空飛ぶ乗りものが空を飛び交う宇宙時代もすぐそこまできているのかもしれない。