第111回 旭日小綬章とスーちゃん 

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グランマのひとりごと

~グランマのひとりごと~

 ああ、又私は貴方に泣かされました。涙が一杯 貴方のメイルを読んで、まるで私が『スーちゃん』になった気分。そして返信メイルを書きながら、又うれし泣き、有り難う!こんな良いお話をシェアーして下さって。全身フワ―ンとが温まる気分ですよ。でも、又涙が出て困ります。

 先日ね、精神科医でもある、私の指圧の先生に何故か貴方の事を話しました。そして、貴方の一番苦しかった時、トロントと、ここバンクーバーを往復していた時の事です。トロントでご病気のお嬢さんの事を、話し始めたらもう声になりません。

 涙が出て、涙が出て、あの時の貴方の苦しみと悲しみ。ねぇ、あの時の貴方の辛さがそのまま私に移って来たのです。その後、お亡くなりなったお嬢様の事、残された生まれ間もないお孫さんの事、時に触れ、折に触れお話してくれましたねぇ。お孫さんがバンクーバー迄父親に連れられて会いに来てくれた事も…..。

 貴方がバンクーバー新報社を始めた頃、ガリ版刷りの原稿を配っていた事、今から26~7年前に、私の学校で日本から来た教育関係者たちにお話して下さった事。皆、感動していましたよね。

 今更の様に「大変だったろうなぁ」、41年間新聞社の経営、そして、偉ぶらず、見る物は人心の奥まで読み取る。誰に対しても、自然で温かい思いやり、文を書くとその豊富な「語彙」、これはすごい! まったく何をやっても上手でさ、カラオケも凄いよねぇ、貴方って。羨ましいです。

 ある時、貴方が運転中、パトロール カーに車を止めてさせられた時の話してくれたでしょう? その警察官が貴方の車迄来てさ、貴方を見て「子供の運転かと思った!」 つまり、小柄な貴方を見て子供の運転と間違って止められたわけですよね。そんな話を、明るく話す佐江子さん。いいなぁ。

 今回は「旭日小綬章(きょくじつしょうじゅしょう)」受章。  

 本当に貴方のメイルを読みながら、自分が私が『スーちゃん』になった気分なのですが、日本を出てから約60年、日本語も忘れて「旭日小綬章」がちゃんと読めないグランマです。でも佐江子さん、本当に、本当に心から御目出とう。

 メイルを書きながら、又うれし泣きです。

グランマ澄子

注:
旭日小綬章
読み方: きょくじつしょうじゅしょう
英語: The Order of the Rising Sun, Gold Rays with Rosette

日本の栄典 「 旭日章 」のうち勲四等に位置づけられる勲章 。国や公共に対して功労のある者、とりわけ顕著な功績のある者に贈られる 。春秋の年2回、 おおよそ数十名程度に授与されている。

津田佐江子さんからのメイル

澄子さん

 お元気ですか。とっても懐かしい心に沁みる手紙が届きました。澄子さんなら私の気持ちを共有してくれると思いメールしております。

 この手紙の主は私が幼少期を過ごした村の5才年上の女性で現在81歳です。私のこの度の受章を地元の新聞で知り感激して手紙をくれました。

 以下は手紙の中に書かれていた事です。

***

 この度は旭日小綬章おめでとうございます。本当に佐江ちゃんらしい人生ですね。朝、高知新聞をみるともう驚きと感激で胸が詰まってしまい涙がただ止まらず何時間も新聞を抱きしめていました。

 私を覚えていますか?私はみんなにスーちゃんと呼ばれていました。60年以上たちますが私は忘れた事はありません。通学の時よく佐江ちゃんをおんぶした背中の温もりを今も鮮明に覚えています。

 早くお手紙をと思いましたが私も81歳になり体が思うようにもならず知人にも電話してみたけど誰も知っている人はなく外国と交流のある人にどのようにしたらいいか聞きましたが誰も分からず郵便局の人に調べてもらってやっとお手紙を書くことができました。

 手が震えて字もきれいに書けません。この手紙が届きますようにお祈りしています。

 佐江ちゃんに会いたい…会いたい。今日はこれで失礼いたします。

***

 私はこの手紙を受け取った時名前に覚えもなく(旧姓ではなかったため)何事かなと思い開封し読んでいくうち思い出したのです。坂道の多い小学校の行き帰り5歳年上のスーちゃんは年よりもうんと身体の小さかった私をよくおんぶしてくれたのです。

 スーちゃんは私の家から20~30分坂道を歩き小さな谷川の石を2~3歩跳んで渡った所の竹やぶのすぐそばに住んでいました。

 よくその竹やぶの上から下に向かって石を投げると竹に当たってカンカーンと響くような音がして私の知らない見たこともない遠いところにいる様な想いになったり時には誰か知らない国の人がこの竹やぶのどこかに住んでいるのだろうかと思ったりして心が楽しくなったものです。

 でもいつのまにか私が高学年になった頃にはスーちゃんを見なくなりました。

 多分スーちゃんは街に出たかお嫁に行ったのだと思います。

 それからはこの度お手紙をもらうまでスーちゃんを思い出すことはありませんでした。今もおんぶとかお泊まりとか世話をしてくれたことは思い出せても顔を思い出すことは出来ません。私は返事に「優しくしてくれた日を有難う、今度日本に行った時は必ず会いに行きます」と書きました。

 長々と書きました。この受章が約60年ぶりに友達と会わせてくれました。長々と読んでくれてありがとう。お元気で。

さえこ