第82回「美味しい」だけでなく「愉しい」料理とは

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 あなたは『ゴールデンカムイ』という日本の漫画をご存知だろうか? この漫画の中ではしばしば料理が魅力的に登場するのだが、そのなかのひとつにまつわるお話。ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の、ある飲食店からの報告だ。

 同店主は、あるときお客さんからこの漫画を紹介され、すっかり魅了されてしまったファンの一人。いわく「この漫画の中に、(日本の北海道の先住民族である)アイヌの人たちの料理がでてきたりするのですが、その中にチタタㇷ゚という食べ方があり、エゾ鹿やリスなどを包丁でたたいて、生で食べたり、お鍋にしたりするのですが、これが凄く美味しそう」。それをお客さんらに出したくて、「アイヌジビエコース」というコースを作ることにした。

 ちなみに「チタタㇷ゚」とは、動物や魚の肉を包丁や小刀などで叩き、刻んで作る料理。アイヌの言葉で「我々が(チ)刻む(タタ)もの(ㇷ゚)」という意味だそうだ。その名の通り漫画の中では主人公が「『チタタㇷ゚』と言いながら叩け」と指示され、みんなで「チタタㇷ゚」と言いながら叩く。そうして刻まれたものを生で食べたり、鍋にしたりするのである。

 さてそうして店主、メニュー内容を考えてみたものの、何か物足りない。なぜかと考えてみて、気づいた。自分は料理を作りたかったのでなく、お客さんに「チタタㇷ゚、チタタㇷ゚っていいながらお肉をたたいてお料理にするイベントに参加してもらいたかったんだ」と。

 そこで店主、まずはアイヌのマキリ(小刀)とアイヌの刺繡が入った鉢巻を用意。さらにアイヌの人たちの食べ物に対する考え方や思いを文章にしたテーブルナプキンを作り、その上に木皿を置き、そこで叩いてもらうことに。最後には、囲炉裏が似合いそうな鉄鍋に叩いた肉をいれて食べてもらうことにした。そして実際にこのコースを選んだお客さんには「必ずチタタㇷ゚、チタタㇷ゚と声を出しながらナイフでたたいてください!」とお願いすると、皆楽しそうにやってくれる。そうしてめでたく「愉しいコース」が出来上がったのだった。

人には「お腹を満たす食事」と「心を満たす食事」がある。この“消費の二種類の意味・目的”は、ほとんどのジャンルのビジネスに当てはまる。私は、1997年の最初の著作以来ずっとこのことを言い続けているが、あなたのビジネスではどうだろうか? そしてもし後者もあると思うなら、この店のような、どんな提供の仕方が正しいだろうか?

 
小阪裕司(こさか・ゆうじ)
プロフィール 

 山口大学人文学部卒業。1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。
 
 人の「感性」と「行動」を軸としたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。現在全都道府県(一部海外)から約1500社が参加。

 2011年工学院大学大学院博士後期課程修了、博士(情報学)取得。学術研究と現場実践を合わせ持った独⾃の活動は、多⽅⾯から⾼い評価を得ている。 

 「⽇経MJ」(Nikkei Marketing Journal /⽇本経済新聞社発⾏)での540回を超える⼈気コラム『招客招福の法則』をはじめ、連載、執筆多数。著書は最新刊『「顧客消滅」時代のマーケティング』をはじめ、新書・⽂庫化・海外出版含め40冊。

 九州⼤学非常勤講師、⽇本感性⼯学会理事。