運のいい奴 5 ~投稿千景~

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エドサトウ

 老いた者が若々しくすることを老春というらしい。その老春となり映画に出られた小生は夢のような話であった。

 その映画『Shogun 将軍』のモデルとなっている三浦按針ことウイリアム・アダムスは英国で若いころに船を作る仕事をしていたが、一念発起して船乗りになり、オランダ船で東洋にやってくるが日本の沖で暴風にあったのか船が漂流して、大分県の小島に流れてついたのは1600年4月のことである。

 それから彼の日本での新世界の生活が始まるのである。当時、彼は30代、小生がカナダに来たのは20代の春のことである。彼と同じように僕もノウスバンクーバーにある造船会社など10年近く船の仕事をした。このウイリアムスとはおなじようなものが小生にもあるかもしれないとすれば彼は日本で一生を終わり、僕は英連邦のカナダに来て50年が過ぎたことかもしれない。

 人生の晩年にこの映画に出られたことは、冥途への土産話になるかもしれない。

 宇宙に細長く広がる銀河のような大きな三途の川を渡るのに一年以上の月日が必要かもしれない。舟を待つ小生は地球での土産話を岸辺にいる人たちに語り始めると、河を眺めていた鬼がこちら向けて話を聞いている。そのうち身を乗り出してきて「面白い話だ。舟に乗せるから、もっと話を聞かせろ!」と言う。

 赤く染まった夕暮れの三途の川を渡り始めて「俺はねえ!舞台に出たことがあるんだ。それはね、ザデイコンズという大きな会社でな」と話し始める。

鬼。Photo courtesy of Ed Sato
鬼。Photo courtesy of Ed Sato

 「そこで、俺は三途の河を渡る舟を作ったわけ。それも本番が始まる一週間前の話、そりゃ忙しかったねえ! 舟の下にローラーをつけてね。舞台のそでから細いロープで引っ張る。舟の船頭が細い竹ざおで漕ぐのに合わせて引っ張るというものですわ! 言ってみりゃファンタムオペラ(オペラ座の怪人)の主人公の骸骨男が恋する彼女を舟に乗せていくようなものですよ。主役をやる知人が娘さんを亡くして大変な時であったので、俺も頑張りましたよ」

 三途の川を渡るに、鬼は話に聞き耳を立てているのか舟はゆるゆるとして先へ進まない。鬼が言う。「それからどうしたんだ?」

 「いやあ!ある時は俺が鬼になりましたよ。昔、鬼というのは平安京の北の方に住んでいたらしく、その鬼のことを今でいうコロナのような感染症で恐ろしい病魔のことを鬼の仕業と思っていたらしい。その目に見えない鬼は人の命を取ると恐れられていたのですが、西国の探題鎮西八郎為朝という侍に懲らしめられるという鬼ですよ」

 舟はずいぶん遠方に流されてパラダイスに着岸する。「予定外の番所にだが、まあいいだろう」と鬼がうなずいて言う。

 パラダイスという天国をよくよく見れば、美しい女人は薄い羽衣とかいう衣装を羽織っていて、透けて天女の美しい肌が見えるのは妙に興奮をしてくるが、空を舞う天女に近づけば、さあっと空へ舞い上がってしまう。

 まあ、穏やかに過ごして、香りの良いお茶などを飲み談笑するのがやっとである。気温は暑からず寒からず穏やかな天界には、豊富な果物があり、食べ物には不自由はしない。そんな生活が何年過ぎたであろうか、男は何不自由ない生に飽き飽きしてきたので、ある.時、懐に持っていた花火に火をつけると、それはそれは大きな音を立てて白い煙をもくもくと.湧き出して、天国の住人が公害だと騒ぎたてて、私を舟に乗せて、また娑婆世界に返したのであります。

 「いやいや、娑婆世界の現実は苦労も多いのですが、常に時代がモダンなものへと変化していくのは面白いですね。いやいや、元気にまた、この世界で生きていきますよ」

 三途の川の渡し舟の鬼も「馬鹿なやつだ」とつぶやきながらも、目には小さな涙が、赤い夕陽に美しく光輝いていた。

 「お前も俺も昨日と今日では別の人間だ。またこれからも違う。同一条件の下に同一の人間としてあるということは決してない」

田中美知太郎著『ロゴスとイデア』より。