移民の父工野儀兵衛のひ孫、高井利夫氏、バンクーバーを訪問!(寄稿)

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カナダ移民の父と称される工野儀兵衛は、1888年に和歌山の三尾村(現在の日高郡美浜町大字三尾)からブリティッシュコロンビア州、フレーザー川の河口の町スティーブストンに移り住み、鮭の大群を目撃し、故郷に伝えました。知らせを聞いた村人は集団でスティーブストンを目指し、村救済の為に太平洋を渡ったのでした。その後儀兵衛は鮭漁で功績を挙げ、さらにカナダで食料品店や旅館を経営し、日系コミュニティに大いに貢献しました。

高井利夫氏が寄贈した美浜町三尾のカナダガーデンに建立されたトーテムポール(写真提供 NPO法人日ノ岬・アメリカ村、語り部ジュニュア講師、出石美佐写真提供)
高井利夫氏が寄贈した美浜町三尾のカナダガーデンに建立されたトーテムポール(写真提供 NPO法人日ノ岬・アメリカ村、語り部ジュニュア講師、出石美佐写真提供)

それから、約134年後の2022年夏、儀兵衛のひ孫にあたる高井利夫氏(兵庫県姫路市在住)が7月27日から5日間、家族と共にバンクーバーを訪問しました。2013年に続く今回の訪問の目的のひとつは、先住民族スコーミッシュネーションのトーテムポール彫刻師である、ダラン・イエルトン氏に会うことでした。在バンクーバー日本カナダ商工会議所サミー高橋会長が発案した、美浜町とバンクーバーの交流復活と、同町の地域活性化を願って始めたという町興しプロジェクトに高井氏も賛同。曽祖父の育った村への貢献として全面資金協力に応じ、カナダと日本の友情のシンボルとして、儀兵衛の銅像とともに、イエルトン氏制作のトーテムポールを美浜町三尾地区のカナダガーデン(カナダミュージアム南側に隣接)に寄贈したのでした。

イエルトン氏との記念すべき対面のほか、今回の高井氏のカナダ訪問にはいくつかの国際文化交流行事が含まれていました。

在バンクーバー総領事羽鳥隆氏と工野儀兵衛のひ孫、高井利夫氏(写真提供 日本カナダ商工会議所)
在バンクーバー総領事羽鳥隆氏と工野儀兵衛のひ孫、高井利夫氏(写真提供 日本カナダ商工会議所)

到着翌日の7月28日には、在バンクーバー羽鳥総領事を表敬訪問。美浜町に送られたトーテムポールに色が塗られる際に立ち合った同総領事は、書き初め役を務め、黒い色を塗ったことがとても印象的だったと感想を述べました。同日午後、リッチモンド市役所にてマルコム・ブローディ市長を訪問。同市長はリッチモンド市におけるスティーブストンの日系人コミュニティの存在は、歴史的に見てたいへん重要であることを強調され、その意味で工野儀兵衛の功績はとても大きいと関係者に話しました。

訪問3日目の7月29日には、日本カナダ商工会議所主催の高井利夫氏歓迎会開催。イエルトン氏が家族とともに出席し、念願の高井氏との面会達成。「工野儀兵衛が残したもの」というタイトルで高井氏が講演をし、工野家に繋がる家系図の話などをしてくれました。そのあとイエルトン氏はスコーミッシュ族の歌とドラム演奏で高井氏一行を歓迎。儀兵衛氏への賞賛やカナダと日本の友好の思いを込めて彫り上げられたトーテムポールの話をイエルトン氏が終えた後に、二人は熱く固く握手を交わしたのでした。

高井利夫氏歓迎会にてトーテムポール彫刻師ダラン・イエルトン氏との歓喜の初のご対面(写真提供 日本カナダ商工会議所)
高井利夫氏歓迎会にてトーテムポール彫刻師ダラン・イエルトン氏との歓喜の初のご対面(写真提供 日本カナダ商工会議所)

訪問4日目の30日にはノースバンクーバーに拠点を構えるイエルトン氏の案内で同氏が彫刻したトーテムポール建立地見学実施。

今回の訪問中、高井氏一行は美浜町三尾にゆかりのある日系カナダ人たちとの貴重な面会も果たしました。バンクーバーで生まれ育ったハイディー村尾、キース村尾兄妹との出会いは美浜町の未来を明るくするものでした。この兄妹から同町出身の祖父母が住んだ実家が空き家のまま、現在まだ町に残されていることを聞かされたのです。そしてその古民家を高井利夫氏が会長を務める特別非営利活動法人国際協力推進協議会に寄贈されることが提案されました。さらにそちらを西浜セミナー・ハウスとして日本とカナダの交流のための施設として使われることが決定となり、近年中に実行予定。トーテムポールが建てられたカナダミュージアムの近くにあるこの古民家を、著名な建築家の協力で室内を現代風に改装するという画期的な案もすでに出ているそうです。

訪問後半には、バンクーバー朝日軍追悼式にも参加した高井氏でありました。46年続く日系人フェスティバル、パウエル祭が、今年3年ぶりに対面で開催されました。その中で戦前活躍した同軍選手たちに敬意を表した追悼式が行われたのです。式の実行委員を務めたのは、バンクーバー新朝日軍の発起人のひとりでもあるサミー高橋氏でした。戦前に活躍したバンクーバー朝日軍の唯一の生き残り選手である、ケイ上西氏を遠方のカムループスから迎え、バンクーバー仏教会の青木僧侶による焼香が行われました。その記念すべき追悼式にパイオニア移民のひ孫たち二人が、バンクーバー新朝日軍の真っ赤なジャージーを着て参加したことには大きな意義がありました。カナダで生まれ育ったゲリー工野氏のその存在を知りながらもこれまでに会う機会はなかったそうです。今回の訪問で初めてひ孫同士とその家族たちが対面し、二人は満面の笑みで互いの手を握り合いました。それは今回の訪問のフィナーレを飾るに相応しい感動の場面でした。

たった5日間の短いバンクーバー訪問でありましたが、先住民イエルトン彫刻師始め曽祖父にゆかりある多くの方たちとの出会いや交流は旅をかけがえのないものにしてくれたことでしょう。約一世紀半前に、工野儀兵衛が三尾の村人たちに勇気と希望を与えカナダ移民へ導いたように、高井利夫氏はカナダ先住民の友好と平和のシンボルトーテムポール建立により、カナダとの架け橋となり、曽祖父の郷土に再び希望と喜びを齎(もたら)しました。同氏はカナダと日本国際関係事情、文化、歴史の学舎ともなる西浜セミナー・ハウス創立計画ほか、今後のさらなる両国の活発な交流活動への手応えを感じて、8月1日に日本への帰路についたのでした。

高井氏の訪問を主導し、全ての行事に同行したサミー高橋会長は、こう語ってくれました。『愛する郷三尾村の存続を願った曽祖父、儀兵衛同様の町興し貢献活動が高井氏により行われており、今後益々美浜町とバンクーバーの国際文化交流活動は活発になるであろうと期待しています。移民の歴史継承や文化を尊ぶこのような活動は、やがて日本カナダ間の観光やビジネス活動にも結びつき、日系コミュニティのみならず、両国の繁栄と人々の幸せにも繋がるでしょう』。

と、多様な交流活動の大切さを話してくれたサミー高橋会長でした。高井氏訪問直後、BC州バーナビー市にある日系文化センター・博物館を訪ねる機会がありました。館内を歩いていると『Generations of Resilience, 世代を超えて受け継がれる、困難を乗り越え立ち上がる力』という言葉が、2階に上がる階段横の壁に掲げられていて、目に飛び込みました。世代を超えて受け継がれる力とは、人とひとが繋がって生き抜く力とも考えられるなと、同氏一行が果たした沢山の出会いを書き連ねながら、国際交流の礎“繋ぐ“活動を続ける大切さを改めて感じたのでした。

在バンクーバー日本カナダ商工会議所イベントリポーター寄稿文

参考文献

高井利夫氏とご家族、バンクーバー在住のもう一人の工野儀兵衛のひ孫ゲリー工野氏との感動の出会い(写真提供 日本カナダ商工会議所)
高井利夫氏とご家族、バンクーバー在住のもう一人の工野儀兵衛のひ孫ゲリー工野氏との感動の出会い(写真提供 日本カナダ商工会議所)
リッチモンドゲリーポイントパークにある日本庭園工野ガーデンにて和歌山県人会林栄造会長と工野利夫氏一行の対面(写真提供 日本カナダ商工会議所)
リッチモンドゲリーポイントパークにある日本庭園工野ガーデンにて和歌山県人会林栄造会長と工野利夫氏一行の対面(写真提供 日本カナダ商工会議所)
高井利夫氏、リッチモンド市長マルコム・ブローディ氏を表敬訪問(写真提供 日本カナダ商工会議所)
高井利夫氏、リッチモンド市長マルコム・ブローディ氏を表敬訪問(写真提供 日本カナダ商工会議所)

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