ギャシー・ジャック像を、先住民女性への暴力に抗議する人らが引き倒す

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 バンクーバー発祥の地ともいわれるガスタウン。その名称の由来となったギャシー・ジャックの像が2月14日、先住民の女性らに対する暴力に抗議する、Women’s Memorial March(ウィメンズ・メモリアル・マーチ)の参加者らに引き倒された。

 ギャシー・ジャックとは、イギリス人の蒸気船の船長で、1867年にガスタウンで酒場を始めたジャック・デイトンのこと。おしゃべりだったことから、あだ名はギャシー(おしゃべり)・ジャックだったという。その後、一帯がガス(ギャス)タウンと呼ばれるようになったのは、彼にちなんでのこととされている。

 ガスタウンは港に近く、港湾労働者や船乗りらが集まる繁華街となり発展していき、バンクーバーも1886年4月6日に市となった。銅像は1970年代前半にガスタウンを再活性しようとしたデベロッパーが中心になって制作。その後、バンクーバー市に寄贈された。

 一方、近年、銅像の撤去を求める運動が活発になってきていた。

 ギャシー・ジャックは先住民スコーミッシュ族の若い女性と結婚。その女性が病気になり死亡したあと、当時12歳だった女性の姪、Quahail-ya(英語名マデリン)と再婚した。 ギャシー・ジャックは再婚したとき40歳だったという。Quahail-yaは息子を出産したが、3年後、15歳のときに逃げ出した。

 2020年6月にも銅像にペンキがかけられる事件があったほか、オンラインで署名サイト、「change.org」で撤去を求める活動が始まると、5日間で1,500人の署名が集まった。現在、2万人以上が活動への賛同を示している。

 2022年のWomen’s Memorial Marchはギャシー・ジャック像があったメープル・ツリー・スクエアに到着。参加者らが植民地支配や小児性愛について糾弾する声をあげる中、午後1時15分ごろに銅像はロープで引き倒された。さらに、倒れた銅像はペンキで真っ赤に塗られた。

 バンクーバー市のケネディ・スチュワート市長は、銅像撤去やギャシー・ジャックが行ったことについての認識について、スコーミッシュ・ネーションと話し合っていたと、ツイッター上で述べた。そして14日の行為は危険で、市の努力を損ないかねないものとして非難した。

 スコーミッシュ・ネーションも、銅像撤去やQuahail-yaの尊厳回復に向けて、バンクーバー市やQuahail-yaの子孫と話し合いを行っていたことを明らかにした上で、抗議グループの行為について遺憾の意を示した。一方、先住民の女性らに対する暴力に抗議するWomen’s Memorial Marchの運動を支持するという。

 Women’s Memorial Marchは、行方不明になったり、殺害された先住民女性を追悼し、これらの事件が発生する状況に抗議して、1991年から毎年2月14日に行われている。

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