国際離婚で気を付けたいハーグ条約

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YWCAの日本語アウトリーチワーカーの加瀬広海さんに聞く3

 在バンクーバー日本国総領事館が2017年に開設した「DV日本語ホットライン / YWCA 日本語アウトリーチプログラム」を担当しているYWCAの日本語アウトリーチワーカーの加瀬広海さん。

 ホットライン対応に加えて、家庭内暴力(ドメスティックバイオレンス、以下「DV」)を受けている女性とその家族が、DVから逃れて新たな生活を始めるためのYWCAの住宅モンローハウスで入居者の支援も行っている。

 加瀬さんに、モンローハウスをはじめYWCAが提供するサービス、カナダと日本の離婚に関する法律上の違い、さらにメトロバンクーバーに住む日本人女性を取り巻くDVの状況、ハーグ条約批准後の日本人の母親をめぐる状況などについて聞いた。

 シリーズ第三回はハーグ条約について。

 1970年代に世界的に人の移動や国際結婚が増えたことで、一方の親がもう一方の親の同意を受けずに子どもを連れ去るケースも増加して、国際問題として注目されるようになった。

 そういった問題解決や子どもの監護権や面会権で国際協力するために1980年に採択されたのが「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(以下、ハーグ条約)」で、日本も2013年に条約を批准、2014年4月1日に発効した。

 これにより、不法に子を連れ去られた親からの申立てを受けて、条約上の例外事由がない限り、子どもが元々居住していた国に迅速に返還されるように努めるなどの義務を日本は負っている。子どもの返還後は、親権を巡る父母間のあらそいなどは、子どもが元々居住していた国の裁判所において決着することになっている。

* * *

– 子どもがいるお母さんが離婚・別居する場合、ハーグ条約も大いに関係してきますよね?

 相手が同意しない限り、カナダで離婚して子どもを連れて日本に帰るのはとても難しいです。ほぼ無理で裁判所は認めてくれません。

 日本政府がハーグ条約を批准したので離婚・別居した一方の親が子どもを連れて日本に旅行しやすくなりました(注 以前は裁判所が許可しないこともあった)。でも、もう一人の親が同意していない場合は、子どもと一緒に日本に戻って日本で生活するのは極めて難しいです。

– ハーグ条約が批准された今、パートナーの同意を得ないでカナダから子どもを連れて日本に帰国すると、どうなるのでしょうか?

 子どもを連れ去られた父親が苦情を出して返還申請を行うと、日本の「ハーグ条約室」に連絡が行きます。次にまず子どもを元の居住国(常居所地国)に戻してくださいという勧告のようなものが出されます。また夫婦間の調停のようなことをしてくれます。

 調停がうまくいかないと、状況にもよりますけれども東京か大阪の家庭裁判所で返還裁判が行われて、原則的には常居所地国に「子どもを返還してください」ということになるようです。

 ハーグ条約が批准された後でも、以前は監護者がいないところで勝手に子どもを元の居住国に連れ戻すことはできませんでした。でも、2020年4月1日に法が改正されてからは、引き渡しを命じられた親が現場に居なくても、引き取る親が裁判所の執行官とともに子どもの所に行って、強制的に連れ戻せるようになりました。

 カナダ在住の日本人でもハーグ条約の批准前に、パートナーの同意なしで子どもを連れて帰った人も数人いました。同意なしに子どもを連れ去ったと父親が通報したことで、インターポールに連絡が行って連れ去った母親が誘拐罪で国際手配されたケースもあります。

 実際に子どもを連れ去った親が逮捕されたケースもあります。親が子どもを連れ去って、その後、カナダに戻ってきたところ、もう一方の親の同意なしで勝手に連れ去ったということで空港で逮捕されたこともありました。

 この状況を不公平だと感じている日本人女性は多くいます。カナダでは言葉の問題があって仕事を探すのが難しい…日本に帰ったら仕事を見つけやすいし、実家で経済的なサポートも受けられる、子どもの面倒も見てもらえる。よいことづくしです。

 カナダでシングルマザーとしてサポートを受けたとしても、周囲のヘルプなしに一人で子育てをするのは大変です。

– 例えば、子どもが日本に行きたいと言っている場合はどうなのでしょう。

 子どもが日本に帰りたがっているだけではなく、子どもが「父親と暮らしたくない」と言ってるという場合もあります。子どもの年齢と成熟度にもよりますが、「一方がもう一方の親を疎外している」、「子どもを洗脳している」と裁判所が判断すると、子どもがいくら父親と一緒に住みたくないと言っても、通らない可能性もあります。

 洗脳やマインドコントロールで片方の親がもう一人の親を疎外しようとしていることは、片親引き離し症候群(Parental Alienation Syndrome、略称PAS)といいます。PASと判断されると、その主張は通りません。

 ただし、ハーグ条約が批准された今でも、パートナーの合意なしに日本に子どもを連れて帰ることができるケースも稀ですがあります。

 たとえば1年間など、一定期間、親が子どもにほとんど関心を示さなかったり、会いに来なかったり、その上養育費も払わず1年放置されていたので、日本に帰りたいと申し出て、裁判所が許可を出したこともありました。

– ハーグ条約を悪用しての DV もあると聞いたことがあります。

 虐待・DVは別居したら、あるいは離婚したら終わるものではないんですよ。

 実際に別れてからDVが始まることもあります。あるいは以前よりひどくなることもあります。「court related abuse」というものもあり、こちらは訴訟システムを使った虐待やハラスメントのことです。男性側は弁護士を雇う金銭的な余裕があっても、女性側にはそういったお金がないケースもあります。

 そこでとりあえずリーガルエイドを雇う。でもリーガルエイドには、時間の制限もあり、公判になるまでに時間がなくなって公判には一人で行ってくださいと言われることもあります。一番助けが必要な時に時間切れになってしまいます。

 日本語が話せて家族法を専門にしていて、かつDV に精通している弁護士に依頼できればベストですが、なかなかそういう方はいらっしゃらないので、日本語よりもDV・女性問題に精通していることを優先したほうがいいと思います。

 リーガルエイドを受けられれば頼めば無料で通訳を付けてもらえます。遠慮なく頼んでみてください。ただ法廷通訳者は、法廷で話されることを言葉どおり訳すのが仕事です。法廷で日本にないコンセプトの話になっても、日本人当事者には説明することができません。それが歯がゆいところです。

 長年の経験から、カナダの日本人DVサバイバー・被害者の方たちは文化面や、カナダのシステムを理解する面でも常にサポートを必要としていると感じています。

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 「DV日本語ホットライン / YWCA 日本語アウトリーチプログラム」は、在バンクーバー日本国総領事館がYWCAに業務委嘱していて、BC州とユーコン準州に住む日本国籍を有する女性を対象に、無料での相談、関係機関(裁判所、警察、弁護士事務所、法的支援機関、病院、生活保護など)への同行、諸手続きの支援、通訳を受けることができる。

ホットライン:604-209-1808(月~金 午前9時~午後5時、祝祭日を除く)

*記事は一般的な情報で、法律上のアドバイスではありません。個別の相談は必ず弁護士などのアドバイスを求めてください。

(取材 西川桂子)

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